ソフトなお話し
It's a small world

丁度、今ぐらいの時分、高校生の私は単車で京都を一人旅していました。
友人と北海道1週のツーリングを予定していたところ、自転車でコケて、鎖骨を折り、悶々とした夏休みを過ごして、いよいよ、あと数日で夏休みも終わろうとした頃、完治していないのに我慢出来ずにキプスを壊して、GS400で衝動的に京都に行きました。
その頃から、寺巡りが大好きで、いろいろ寺を廻った中で、印象に残った寺に、龍安寺があります。
美術の教科書とかにも載っている30×10メートルの白砂の上に大小15個の石がレイアウトしてあるものですが、枯れ山水の、この景色を凝視していると、やがて白砂が海に、石が島のように思えてきて、見ている景色は、上空300メートルから俯瞰しているような不思議な気分にさせる絶妙の構図だと、今でも思います。

箱庭的と言えば、それまでなのですが、完璧とも言える縮景の妙は、実物を見ると大変感動してしまいます。
日本人は、独自の感性で「侘び寂び」を表現していて、外国の人には、どこまで理解して貰えるか判らないですが、やはり、何か、心を打つものが有りますよね。

盆栽もそうですよね。 樹齢数10年以上を経ているのに、鉢の上で、これまた絶妙の構図でレイアウトされたものを凝視していると、やはり大樹を遠景で見ているかのような錯覚に囚われるのは、それだけ、盆栽の縮景のバランスが素晴らしいからでしょう。

このような日本の文化として、「縮める」ことの文化は狭い日本だから、発達したのかもしれません。

最近では、巷の様々なものが“ミニ化”されて持てはやされています。
軽自動車の売上も気を吐いているようですし、冷蔵庫や炊飯器、折りたたみ自転車とか、1人用や軽便さがウケてるんですね? 携帯電話やデジカメも小さくなる一方だし、最近は、食べ物まで、ミニトマト、ミニハンバーグ、ミニオムレツ、ミニ丼とか・・・食った気がしないっつーの!
小さくすりゃあー、イイってモンでもないだろうに・・・。 まあ、ミニで嬉しいのは女性のスカートくらいかなー。(ああ、オヤヂ・・・・)

ペットの世界も、ミニのブームですよね? ハムスターとかイイ例だし、ナントカとびネズミとか言う500円玉に乗っちゃうネズミや、ピグミーマーモセットとか高価で取引されてますよねー。 犬でもそうでしょ? ミニチュア・ダックス、ミニチュア・ピンシャー、ミニチュア・シュナウザー、チワワ、豆柴とか・・・・。 小さくて手が掛からないし、住宅事情に合ってるんでしょうね。

でも、象が小さかったら、どうします?
私の従兄弟の子が5歳くらいの時に、「ゾウって見た事ある?」って聞いたら、「うん」と答えたので、「大きかったでしょー」って聞いたら「うん、これぐらいだった」と言いつつ、その子の肩幅くらいに手を広げるので、私は引っくり返りそうになりました。
29インチ・テレビで見たサイズを、本物のゾウのサイズだと思っていたのです。 もちろん、従兄弟が慌てて安佐動物園にゾウを見せに行ったのは、言うまでもありませんが。

ゾウは、デカイからゾウとして値打ちが有るわけで、キリンも背が高いからキリンなのです。 そりゃあー、時々、ライオンが手乗りサイズなら飼ってみたいなー、って思いますが、やはり、それは、もうライオンとは呼べないのでしょうね。

さて、本題ですが(長い前フリですねー)、ピラルクーが最大60センチ前後だったら、現在のピラルクーとしての確固たる地位を築けたでしょうか? 否。 もし、そうであれば、スネークヘッドたちと同等の扱いであったかもしれません。

そして、アロワナが、15センチ止まりのサイズの魚として紹介されていたとしたら、ここまで人気が出たでしょうか? 15センチで、マッカッカで強烈なスプーンヘッドだとしたら・・・それは、コームスケール・レインボーと間違えたかも? ディスカスに突付かれるアロワナ・・・。 見たくなーい。

いくら、金や赤の発色が素晴らしくて、スタイルが美しかったとしても、あの、獰猛さや威圧感、悠然とした雰囲気・・・。所謂「龍気」を纏う事は出来ず、華僑の人たちも「龍魚」として、もてはやす事は無かったでしょうね?

やはり、アロワナは、大きいから龍気を感じることが出来るわけで、出来るだけ大きく育てたいものですよね。 そのためには餌も十分に与え、広い水槽で飼育すべき魚であり、仮に、餌を絞り、狭い水槽で飼育できたところで、顎や眼に異常が出て、歪な魚になってしまうことでしょう。  もちろん、住宅事情や、いろいろな飼育者を取り巻く環境の都合で、当分、狭い水槽で飼育しないといけない状況の方も居るかと思いますが、大型魚には10数年掛けて育成すればよいわけで、それまでに大きな水槽を置けるように仕事に頑張れば良い訳ですよね。 そして気がつけば、大きい水槽を置きたいがタメに家を買い、餌をたくさん与えたいタメに仕事を多くこなして、給料をアップさせるよう励む。 そして、人生を振り返れば、「ああ、幸せだった」という事になるのかも知れません。

案外、龍魚飼育は幸福や金運を招く為、と言いながら、龍魚を飼育したいがタメに、良い暮らしをしようと頑張れる事が、本来の龍魚飼育による「幸運を招く」ことに繋がるのかもしれません。 好きだからこそ・・・。 で、頑張れるのでは?

だって、私、龍魚、飼えば飼うほど、オコズカイ無くなって貧乏になっていくんだもん。 そう思わないとやっていけないデス。

2002,8,24